赤子が泣いても蓋とるな

年末に、一人でハイキングに出かけるのがここ数年の恒例行事になった。
なったというか、した。登らないと落ち着かない。年々、習慣が増えていく。

朝起きて、おにぎりを用意した。炊き込みご飯もどきを作って握った。
まずは出汁。昨晩昆布と水を入れておいた鍋を、火にかけた。
沸騰直前に昆布を取り出すつもりが、目を離して他の用事を済ます間に沸騰してしまった。
慌てて火を止めて、昆布を取り出した。
昆布を取り出した後に鰹節を加えて少し加熱するつもりだったけど、早く炊飯したかったので、鰹節を入れただけで加熱はしなかった。
取り出した昆布を刻んで、鍋に戻した。

一晩吸水させたお米を、出汁の鍋に投入した。本当は多分、お米を入れた鍋に出汁を注ぐのだろう。
醤油とみりんを加えて、軽く全体を混ぜて、再び火にかけた。
ツナ缶を加えるのをすっかり忘れていて、炊飯途中で蓋を開けて急いで投入した。

炊飯する間に、冷凍しておいた食パンを縦半分に切ってトーストして、少し残っていたピーナツバターを全て塗り、サンドイッチの体にした。

ご飯が炊けたら少し蒸らして、おにぎりにした。のりが欲しかったなあ。
ご飯は保存用のタッパーにも分けて、冷凍した。

さらについでに、中途半端に残っていたおやつと、たくあんも持っていくことにした。
どんだけ食べるんだ。飲み物は、紅茶。

同伴者がいればきっと、おにぎりに合うものを、といそいそと緑茶を準備したかもしれない。
出汁を沸かし過ぎたとか、炊飯の途中で蓋を開けてしまったとか、ヒヤヒヤしたかもしれない。

のんびり山を登った。
誰かが飾ったかのように、道中や階段にもみじがはらり。きれいだ。
ファミリーや、カップルや、若者の集団や、いい天気で平和で楽しげで、のびのびとした空気感。
誰も他人のことなんて気にしていないし、一人で来ている方ともすれ違ったけど、何となく肩身が狭くて、邪魔にならないように端っこに避けたりしながら、皆の楽しげな姿が眩しかった。

山頂についたのは、お昼というより、少し遅めの朝ごはんがちょうど良いくらいの時間だった。
構わずおにぎりと、パンと、おやつを食べた。温かい紅茶が嬉しかった。

汗だくになると思っていたのに、あまり汗をかかなかった。代謝が落ちたのか…加齢か、加齢だな。
でも、ほんの少し、去年までよりからだが楽だった。いつもなら途中で立ち止まって休憩していたが、のんびりと歩き続けていた。
ここ1、2年くらい、階段を使ったり、なるべく歩くようにしているので、体力がついたのかもしれない。そう実感できたのは初めてだ。

山頂まで整備された道がある。山の上で用を足せる、水が使える。
ありがたい。
からだが動く。早起きしておにぎりを作って、山を登れる体力気力がある。おにぎりが美味しい。

生きているだけでありがたいとか、何もないことが幸せとか、当たり前のことは何一つとしてないとか、若い頃はきれいごとのように感じていたけど、実感を伴ってきた。
若い頃、あるいはつい最近までそうだったかもしれない。傲慢だった。傲慢だから、何もかもうまく行かなかった。全てのことは、自分に原因があったんだろう。

今年も一年終わるんだなあ。
来年は、もっとおやつを持っていこうかな。

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