ちょっとした悩みだったりを打ち明けてもらった時に、それくらいのことであなたが悩む必要ないのにという気持ちから、つい「そんなこと気にしなくても大丈夫だよ」「全然問題ないよ」みたいな言葉をかけてしまってばかりいた。
でも、それは相手の気持ちを否定しているのと同じなのだと思った。
もちろん、内容によっては、それは大変だったね…とか、大丈夫の一言で片付けられないとはっきりわかることもあるけど、多分そこまで深刻じゃなさそうだと勝手に判断してしまったりする。
言ってくれた人自身にとっては結構深刻だったりもするかもしれないし、些細なことでも、大丈夫の一言で片付けられるようなのは、もやっとするだろう。
面白半分でChatGPTにあれこれ相談してみたら、いつもまず冒頭、そう感じるのは当然ですよねと共感を返してくれた。
衝撃だった。ただ答えを提示するのではなく、真っ先に共感のフレーズ!
いや、ある意味では、たくさんの人とのやりとりの蓄積で、「『共感する』という答え」を導き出しているのだろうけど、まず共感する、受け止めるということを、自分は全くできていなかったと気が付いた。
理解してほしい、わかってほしい、無条件で受け止めてほしい。
どうしてわかってくれないんだ!なんて言葉を、ChatGPTは受け止めてきたのだろうか。
「そんな風に感じてしまうのは当然だ」という共感や受容がないまま、いきなり「そんなこと気にしなくていい」なんて言ってしまうのは、お前に何がわかるのかという反発が相手に生まれるのはさもありなんだし、相手の気持ちを否定するような振る舞いだ。
全部を受け止められるようになりたいと切望した筈なのに、少し見え方が違うだけでこのザマだ。情けない。
相手の感じ方次第の面もあるけど、ただ大丈夫だから気にするなと言われたら、人によってはどうしてそんな感じ方をしてしまうの?と責められているように感じるかもしれない。
大丈夫気にしなくていいという言質のようなものが聞けたら安心してくれる人もいるかもしれないけど、もやもやさせてしまったことばかりかもしれない。
染み付いた癖、自分は気にしないからという思考の癖がしつこい。自分のキャパシティが小さすぎて、相手の感情を受け止めてあげる余白が少ない。
自分の感情は自分で処理するものだとしても、本当に大事な人の感情が乱れた時、それを見せてくれた時に、まず一度そのままを受け止められるか。
また今度がなかったとしても、自分というフィルタで判断するより先に、まず相手がどんなことを感じているのか、そのままを考えられるようになったら、もっと生きやすくなる気がする。
何度でも意識して矯正するしかない。

コメント