ムヒと虫除けスプレーを買った。
ムヒは、幼少期には多分親が買ってくれた。もしかしたら祖父母の方があれこれ用意してくれたかもしれない。
大人になってからは記憶にある限り初めて買う気がする。
刺されたら刺されっぱなしで、かゆいなあと思いながら、痕が残ることも気にせずかいてしまっていた。
ムヒを塗ってもかゆいけど、かいてしまう回数は減った。
スプレーを使ってもやっぱり刺されるけど、刺される数が減った気がする。
クーラーを躊躇わずつける。ちょっぴり、勿体ないかなと思う時もある。
温度は、例えば職場での温度設定よりはずっと高くしているし、夜はタイマーをかけてつけっぱなしにはしない。
でもとても快適だ。
湯船によく浸かる。
浴槽にいっぱいお湯をためはしないけど、下半身がお湯に浸かるだけでもしっかり温まる。
初めて朝マックを食べた。
マックはたまに行くけれど、朝マックメニューは食べたことがなかった。
マフィンを注文した。パティもケチャップもないのってどんなだろうと思ったけど、
チーズがたっぷりでマフィンもかみごたえがあって、コーヒーにもよく合うなあと思った。
どれもこれも些細なことだけど、自分で自分を大事にできている気がして嬉しい。
美容院に行った。
若い美容師さんが髪を切ってくれて、産休明け間もないと話してくれた。
先輩美容師さんと思しき人たちと接する様子に少し緊張感が垣間見えて、とても一生懸命な様子で、こっそりエールを送った。
毎日本当に大変だろう。
前髪を作ったら若作りかなと思ったけれど、似合うと思うと言ってくれたので、作ってもらった。
お世辞でも嬉しかった。
髪を扱ってくれるその手がとても優しくて、赤ちゃんのこともこんな風に優しく触れて、撫でているのかなとふと思った。
同時に、自分には与えられなかった何かを見てしまったような気がした。
きっと、自分も赤ちゃんの頃、記憶がない時代にはそんな風に大事にしてもらったはずだ。
だから、今生きている。
親は、懸命に育ててくれた。
元気に産んでもらって、衣食住を与えてもらって、学校も出してもらって、それ以上何を望むのか。
頭では、それがどれほどの苦労か、全然当たり前じゃないと思っても、どこか欠けたような感覚がある。
この穴はもうずっと消えないのかもしれない。
でも、あれこれもがいて、自分と向き合って、若い頃よりは随分小さくなった。
年をとって、どんどん鈍感になっているのかもしれない。
振り返ったらちゃんと見ていてくれる。
いつでも安心して過ごせる場所がある。
どんな自分でも責められずに受け入れてもらえて、何があっても守ってもらえる。
そういう感覚が最も必要な時期に、親も毎日必死で、たまたま自分がそれを得られる環境がなかった。
それだけなんだろう。
それはしかるべき時に、自分以外の誰かから与えられることで初めて意味をなすものかもしれない。
でも大人だから、もう自分でどうにかするしかない。
誰かが大事に扱ってくれたと感じるとき、とても嬉しい。
でもそれには、自分がちゃんと気が付ける状態になくてはならないのだろう。
今になってやっと、親の気持ちや色々に思い至るようになった。
自分が自分を大事にする。
何をしたいか、何がほしいか、何を食べたいか。
小さなことでも一つ一つ、自分に問いかける。自分の小さな願いをないがしろにしない。
そうやって自分で自分をちゃんと見てやる、自分で自分の気持ちに気がつく。
今できるのは、それだけなのだろう。
あなたがどうか、ちゃんとクーラーをつけて、たっぷりのお湯につかって、好きなものを食べて、
自分を労わっていますように。
さあ、今度は何を食べに行こうかなあ。
ご自愛してね
日常

コメント